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はがき伝道 2019年10月21日
はがき伝道 365号 宇宙無双日
はがき伝道 平成31年3月 365号 真福寺
「宇宙無双日 乾坤祇一人 うちゅうむそうじつ けんこんただひとり」(五灯会元)
宇宙に同じ日はない 地球にわれただ一人
龍神観音様は自力の舟であり、他力の風でもある。
虎は山を背負って百獣の王となる。
龍は雲を抱いて天恵を得る。
人間は天と地のエネルギーに守られて生きる。
北畠聖龍氏は「龍と共に生きる」と題して
一文を書いている。(大法輪86-3)
「“共に生き、共に栄える”
全てのいのちは、宇宙のはじまりからつながってきたものです。
出来事は、歴史の中の大勢の人々の努力、助け合いで生まれてきました。
全てのものが、網の目のように縁でつながっています。
私はすべてのものとつながっていて、
私の中には全てのものが含まれているのです。
他の為に行動することにより、
自分も周りも幸せになるのです。
互いに、輝かしあい、共に生き、共に栄えましょう」。
人は共存共栄するために、
自力の舟を磨き、社会という他力の風を受けて生きていくべきである。
何を行うにしても困難に遭遇するものだ。
それを承知の上で全身全霊を傾けて行えば
何事も成功するものだと思う心が大事。
己事究明とは全身全霊になりきれるまでつきつめていって
確固たる信念を心身の中心に
御柱のようにうちたてることである。
己の御柱は他人の御柱では代替できないほど
金剛不壊心でなくてはならない。
金剛不壊の全身全霊を鍛錬するために
坐禅専一になりきることが大事である。
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はがき伝道 2019年10月21日
はがき伝道 364号 「深耕の説」
はがき伝道 平成31年2月 364号 真福寺
「深耕の説」
1978年(昭和35年)に安良岡先生は
「中世文芸としての五山漢詩文」の中で、
義堂周信の一篇を載せている。
周知の通り、義堂周信は、空華道人ともいい、
1328年に生まれ、1388年に没した南北朝期の禅僧である。
彼は「空華日用工夫略集」という日記を残している。
円覚寺、建仁寺、南禅寺、瑞泉寺等々に住した五山僧です。
以下、安良岡康作先生の文を引用させて頂きます。
義堂周信の『空華集』巻十五に
「深耕の説」一篇がある。
ある時、義堂が野へ出てみると、
大麦の畑があって、よく見ると同じ畝の中に、
熟し方の異なるものがあった。
なぜそうなっているのかと、
年老いた農夫に尋ねたものがった。
なぜそうなっているのかと、
年老いた農夫に尋ねたところ、
なまけ者の百姓のしわざだという。
その理由を問うと、
大体、土地というものは、
浅く耕しておくと、種をまいても、
必ず早く熟しはするが、茂に至らない。
深く耕しておくと、種をまいたものは、
晩(おそ)くできて、大きく肥える。
したがって、農業を学ぶ者は、
耕すことの浅いのを心配して、
晩くできるのを心配しない。
なまけ者の百姓は、力を集中せず、
土の耕し方にも深い、浅いがあるために、
麦の出来具合にも早い、晩いがあるのだと答えたという。
義堂は、この老農夫の言葉に感銘して、
「ああ、今の吾が徒や、道を耕すこと深からずして、
名の晩(おそ)きことを患(うれ)ふる者、
豈、老農の言に愧(は)づること無からんや。」
と述べているが、ここにこそ、中世的「理(ことわり)」を、
自己の経験に即して把握し、
確立している表現を認めることができると思う。
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はがき伝道 2019年1月17日
はがき伝道 363号 「己事究明」
はがき伝道 平成31年 1月 363号 真福寺
「己事究明」
自分自身の心田を耕すことが大事である。
心の井戸を掘り続けることが大切である。
そこには自己本来の
清浄な心の清水がこんこんと湧き出ている。
実際に私がそこまで修行を積んでいるとは思っていない。
しかし、私は己事究明が一番大事であると思っている。
自己研鑽は大事である。
日本人の素晴らしさを
アインシュタインは
大正11年(1922)来日したときに
寄稿文に書いている。
「日本人が本来持っていた、
個人に必要な謙虚さと質素さ、
日本人の純粋で静かな心、
それらのすべてを
純粋に保って、
忘れずにいてほしい」と。
おのれを謙虚に質素に静かな心を保つことが、
日本人の心の文化だと言っている。
まさに心田を耕し、
己事究明するとき、
自然と謙虚に質素に静かな清流の
水の如き心が
こんこんと湧き出てくるのだと思う。
即今、只今只今を真剣に生きることが、
一気一息即一生ということになる。
ただただ、思うのですが、
なかなか実地を生きることは
難しいものです。
それでも私は一生懸命
「あすなろ」の心で、
己事究明を大事にして
今年を生きていくつもりです。
「山川草木、悉有仏性」の仏語の如く、
私も大自然の大宇宙の一隅に命を頂き、
今、ここに生かされていることに
感謝しています。
父母の縁でこの世に命を紡いでいただき、
多くの御縁に出会い、
今の自分があることを
感謝しています。
良い禅の師匠に拾って頂き、
今、この年になって、
己事究明という命題を頂き、
坐禅を通し、
日常の生活を通して
心田を耕すことを、
日々忘れないようにしていきたいと思っている。
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はがき伝道 2019年1月17日
はがき伝道 362号 一息の幸せ
はがき伝道 平成30年12月 362号 真福寺
「38億年の生命の絆がたどりついた、一息の幸せ」
健康な人間には理解できないことがある。
まず、一息一息をあたりまえに
呼吸しているのが健康体の姿である。
一息一生と考えることはないのが
当たり前の人生である。
息を吸って吐いて
毎日そうして生活している自分が、
ある日呼吸ができない病気になった時、
一息の有難さを実感する。
今、ここに生きている。
生かされている幸せを実感する。
不治の病により、
毎日の生活に不便が出たとき、
健康な自分を思い出す。
生かされている自分の人生に
ありがとうの心が生まれる。
地球が誕生して138億年、
私たちの生命が地球に誕生してより
38億年が経過して今の時代になっている。
生命が「おぎゃー」と誕生してから38億年、
その間、一度も生命の連鎖が切れることなく、
私たちまでたどりついているのだ。
38億年の生命の大樹の先端に
私たちの生命はいることになる。
赤ちゃんが産まれるためには
38週間母体にいることが
当たり前になっている。
1週間が1億年の進化に相当する。
38週経過して38億年の生命進化を経験し、
「おぎゃー」と産まれたのが私たちである。
今、ここに生きていることは
本当にありがたいことである。
生きているだけで最高。
今ここにいるだけで、
もう幸せということである。
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はがき伝道 2018年11月27日
はがき伝道 361号 坎為水 習坎 Ⅱ
はがき伝道 平成30年11月361号 真福寺
「坎為水(かんいすい) 習坎(しゅうかん) 」(坎為水の卦)Ⅱ
第二次世界大戦後に生まれた体制が、
崩壊しはじめた時代に突入している。
戦後の陽の時代の終焉は、
陰の時代の幕開けとなる。
現代はあきらかに陰の時代である。
陰の時代はエネルギーが切れて、
ものごとが滞る時代である。
思い通りにならないのが陰の時代である。
こうした、エネルギー切れで、
ものごとが停滞する時代に必要なことは、
まず充電である。
陰の時代は、
大地の滋養の時代である、
土壌づくりの時だ。
土さえ良ければ、
種は大きく育つ。
陰の力を強めれば陽の気は自然に育っていくのだ。
そのためには、
無理せず、焦らず、頑張りすぎず、ゆったり過ごすことである。
長い陰の時代は、
次の陽の時代へ向かって
遠い光をたよりに歩んでいくのが大事で、
着実に一歩一歩進んでいくためにも、
力を温存していくことが必要である。
受容する心、素直に現実を受け入れて、
忍耐が必要な苦労の時である。
受け入れることで、人間の厚みが生まれる。
苦しみが度重なるごとに、
繰り返しその時に習うことである。
縄文時代から連綿と続く歴史の繰り返しの中で、
現代まで経験してきた人々の苦しみの歴史は
無尽蔵である。
その時代の苦しみと悲しみを学び、
習いながら、
乗り越え、現代に辿り着いてきたのが
人類の歴史なのだ。
人は出来れば経験したくない時と向き合う。
大変な苦難を乗り越えた経験は、
いまの自分を支えていると、
必ず思えるようになる。
人は苦しい悲しいことを経験します。
その苦しいことを習うのだといっても、
習えるものではないと思うものです。
しかし、現実の今を生きていくためには
習うことしか救われる道はないのです。




